ホーム お酒と文化

お酒と文化 お酒と文化に関する情報を提供します。

世界における、お酒の歴史

世界における、お酒の歴史

ヨーロッパのアルコール飲料において歴史の古いものは、ワインとビールです。ワインの醸造は、今から6000年前の新石器時代後期に、メソポタミア地方で始まったとされています。エジプトでも紀元前3000年ごろにワインが作られており、その記録が酒壺の文字や葡萄栽培やワイン造りを表した壁画として残っています。

ビールが作られたのは今から5000年前、ワインと同じくメソポタミア地方でした。また、エジプトでもビールが作られていました。その後、ビール作りの技術は、恐らくは地中海を迂回して大西洋に出て、イギリスやベルギーへと伝わったようです。

さて、この2つに続くのがスコットランドのスコッチ、フランスのコニャック、ロシアのウォッカ、その他諸々の蒸留酒です。蒸留酒作りには蒸留という技術が必要なため、ワインやビールなど醸造酒に比べてはるかに遅れて登場しました。アルコールの蒸留に関する最初の記録は11世紀初めごろ、南イタリアの医師が行ったとされるもので、用途は医薬用としてでした。

その後、数世紀にわたって薬として用いられた蒸留酒は、次第に日常生活のなかでも飲まれるようになり、お酒としての性格を強めます。16世紀後半にはウイスキーが、17世紀にはジンやラムなどが、一般庶民へと広がりました。

日本における、お酒の歴史

日本酒は、奈良時代には麹を使っての酒作り法が確立していました。当時は、お酒は集団の儀礼の中にあって、神人と民衆との交流の場での群飲がほとんどでした。神に供えることで豊かな収穫や無病息災を祈り、そのお酒を飲むことで厄を払う。お酒は超現実的な神と人とを結びつける役割を担う、神聖なものでした。また、当時はまだ冷のまま飲んでおり、温めたり、燗をして飲むうになったのは、平安時代中期に入ってからのようです。

奈良時代や平安時代は、祭礼や正月、慶事の際に集団で飲んでいた程度でした。お酒の多くは朝廷や武家、神人、僧といった一部特権階級のものでした。鎌倉時代に入ると、かなり一般まで普及するようになり、小人数あるいは個人でお酒を飲むことも一般的になってきました。

室町時代になると、さらに一般化し、徳利などの酒器が定着し、また樽の酒が詰められて売られ、親類縁者、傍輩による寄り合い酒も通常のことになりました。酒屋に屋号が登場するようになったのも、この時代です。

江戸時代に入ると、お酒は完全に嗜好物の一つとして、大きな流通をみることになります。また、ワイン・ビール・ウイスキー・ブランデーといった洋酒も、オランダやポルトガル、スペインの人々によって江戸時代前後に日本に上陸します。

こうしてお酒は完全に日本人の生活の一部となって今日を迎えています。

日本人とお酒

日本における酒席での独特な習慣として、「盃のやりとり」があります。「献杯」「盃をうける」「お流れ頂戴」「御返杯」などというものです。「献杯」とは、目下から目上へ、盃を献ずること、反対に目上からお盃を頂くか請求するときは「お流れ頂戴」という言い方をします。

この習慣は、主人と客、上司と部下、友人同士などが、お酒そのものとその器である盃を通して親しみを表す、日本的風習です。日本酒に燗をして徳利や銚子に入れ、相手に丁寧についでやるという、温かい心が宿る飲み方といえるでしょう。

お酒と文化
出版物のご案内
情報誌「NEWS & REPORTS」
単行本・書籍
リーフレット・パンフレット
ビデオ・ポスター
最新book
page topへ